6月13日(交通未来塾)と15日(土木学会)にヴァンソン藤井由実さんのストラスブールのまちづくりに関するお話を聞きました。大変、興味深いお話であり、今後の日本のまちづくりに参考なるお話でしたので、概要を報告します。なお、ご本人の校閲を受けておりませんので、正確でないところもあるかもしれません。なお、写真は私が2011年9月に撮影したものです。
<ストラスブールにおけるLRTの導入>
フランスでは、ストラスブールがLRTの導入の検討を始めた1970年代には、路面電車が走っていたのはわずか3都市だったのが、現在では17の都市で路面電車が運行されています。この次世代型の路面電車はLRTと呼ばれるもので、デザイン性に優れ、バリアフリーで、他の交通機関との結節が容易であるという特性を備えた高度な機能を有するもので、一般にはトラムと呼ばれています。LRTは2013年中には2つの都市で開通し、さらに13の都市で新規導入が計画されているそうです。昨年には3つの都市で開通し、人口10万人台の都市でもLRTが導入されています。
ストラスブールでは、日本の明治時代から路面電車が走っていましたが、自動車の普及で廃止されました。1980年代より公共交通によるまちづくりの検討が開始され、輸送能力、コスト、景観の観点からの検討が行われ、無人運転の地下鉄も検討されましたが、トラム推進派の市長が選挙で選ばれ、市長選挙からわずか5年後にトラムが開通しました。
ストラスブールは周辺28自治体と広域自治体連合であるストラスブール都市共同体を組織し、共同で総合的な交通政策を実施しています。
LRTの路面の緑化は環境配慮の観点から評価されていますが、当初、周辺対策として軌道の騒音を吸収するために行われたものです。
LRTの導入によりほとんどが車が通らなくなった快適な中心市街地は、これまでの駐車空間を人に開放してにぎわいを取り戻し、観光客も増加し、ストラスブールを以前の暗く寒いイメージから知的で先進的な環境都市のイメージへ転換させて、都市のブランドイメージの向上につながっています。
ストラスブール駅のトラムC線
LRTの導入はバスで対処できない交通渋滞に対応する行われました。フランスでは公共交通機関の整備は、すべての人に移動の機会を与えるという福祉政策であり、所得再分配政策として位置づけられているため、交通税をはじめとする税金が積極的に投入されています。
また、バスではなく専用軌道のトラムだからこそ、街の景観の再整備を可能にし、総合的な街づくりが可能になっています。その結果、トラムという魅力ある交通手段の整備は、観光客の増加という観光政策、人々に移動の機会を与えるという福祉政策、温室効果ガスの削減という環境政策という複合的な政策目的を実現しています。
運河を渡るトラム
ストラスブールの中心部はほとんどが歩行者専用道路で、そうでないところも時速30キロの速度制限がなされているゾーン30で、歩行者の歩きやすい街になっています。
賑わう歩行者専用道路
クレベール広場
トラムも誰もが乗りやすい車両で、車椅子で乗車可能な両側に大きく広がるドアや改札がない信用乗車方式が取られ、停留所のICカードセンサーやチケットキャンセラーにより、乗車の効率化が図られています。バス乗り場とも隣接していて、乗りやすいように様々な工夫がなされています。
トラムの車内
ストラスブール駅の地下に乗り入れるトラムA・D線
車社会との共存も重要なテーマです。ストラスブールでは中心市街地には駐車場も整備され、都心部ほど高い駐車料金で、中心部では1時間2ユーロ近い料金になっています。周辺部でも、都心部の駐車場の空き具合がわかる情報システムが導入されています。中心部の住民には1か月分の駐車可能なワッペンが配布されています。ボラード(侵入を阻止するための杭でストラスブールのものは自動で昇降する)が朝と夕方には降りているので、商店の商品搬入なども円滑に行うことができ好評です。
中心部の地下駐車場
トラムの車両は都市景観と一体化されたトータルデザインが行われ、グレーとモスグリーンのカラーデザインは市内のストリート・ファーニチュアと一体化しています。
トラン以外にも、ストラスブールではトラムjを補完する先進的環境交通対策がとられています。ストラスブールのエリアに500キロ以上の自転車専用道路が整備され、カーシャアリングを初めてフランスで実用化したのもストラスブールでした。
<トラム実現の仕組みと財源>
計画時の行政の体制としては、行政が有期雇用の専門家を雇って、役所の中にトラムチームを作って機能的に動かすことによって短期間でトラム整備を実現してきました。
トラムの運営は外部に委託するのが一般的ですが、インフラ整備は自治体が行う、上下分離方式をとっています。事業体はインフラ投資が不要のため、参入リスクが軽減されます。
フランスでは公共交通に税金を投資するコンセンサスができています。トラムの建設費は1キロ25億円(景観整備も含む)程度ですが、25%を上限に国から自治体に補助がなされます。ストラスブールのトラムはストラスブール交通公社という第三セクターが建設運営にあたっていますが、従業員は約1500人で、このうち運転手が約1000人という規模です。政策的に料金が引き下げられ、切符からの収入は総収入の23%で、46%が交通税、31%が行政(都市共同体)の負担です。フランスでは1982年の交通基本法に交通権が権利として記載されました。
<合意形成>
フランスでは、都市計画や都市交通の公共プロジェクトについて、住民を対象として利害の意見を表明する場として、コンセルタシオン(事前協議)が合意形成のプロセスとして義務付けられてます。
ストラスブールでは、1992年に車を都心から排除するに当たって(トラム工事のためであったが)、民意を啓蒙する場として第一期工事のためのコンセルタシオンが行われました。車の利用を制限し、住民にとって古い乗り物のイメージの強いトラムを導入すること高齢の住民を中心に反対が多く、商店主も客足が遠のくとして反対し、そのため粘り強い説得が必要でした。
ストラスブールの都市のマスタープランは人が歩きやすい街づくりを目指しています。自動車利用の規制や駐車規制を行い、公共交通を活用した物流の再構築を行うものです。公共交通のさらなる充実を図り、交通を整えながら街の将来を考えることにより、政策目的としての交通弱者への移動手段の提供や環境負荷の軽減が実現しています。
フランスでは2000年に連帯・都市再生法が制定され、移動の計画を街づくりの計画の中に入れることが法定されました。それは、この法律ができる前からストラスブールは進めていたことです。
<観光とLRT>
LRTの整備により、市民の週末の都心部滞在時間が長くなっています。富山市では1人当たりの中心市街地での消費額が5000円増えたということです。アルコールを伴う食事が増えたことによるものでしょう。ストラスブールは、LRTの導入により、年間600万人の宿泊観光客と1300万人の日帰り観光客が訪れる都市になりました。特に、冬のマルシェ・ド・ノエル(クリスマス・マーケット)に訪れる観光客は200万人を超え、宿泊施設の稼働率は85%を超え、時期によっては約100キロ離れたミュールーズに宿泊せざるを得ない状況になっています。
運河をめぐる遊覧船
クレベール広場でのイベント
地方都市に公共交通を整備してくためには、まちづくりにおけるリーダーシップ重要です。すべての人がLRTの整備にすべての住民が合意することは困難です。合意形成を図っていくのが自治体の首長の重要な仕事です。あわせて、専門性の高い優秀なスタッフの存在も重要です。
公共交通の計画は車に奪われた公共空間を人に返すことを目的とします。それとともに、市民レベルで景観をどう考えるかということが重要です。トラムの導入によって、都市としてのブランドが向上することは、市民にとって、投資した不動産の価値が上がることを意味します。直接トラムを利用するエリアに住んでいない市民もトラムの導入に賛成するのは、このためです。
ストラスブールにおけるトラム導入の成功を見て、多くの都市がトラムを導入しました。トラムを入れていないのは、人口20万人以下の都市しか残っていないのが現在のフランスの状況です。
市民がトラムを入れたがるのは街がきれいになるからであり、観光大国フランスを支えるには景観が美しくなければならないというコンセンサスが国民にあることが、フランスで急速にトラムの導入が進んだ原因ではないかと思います。
(以上)
この講演に関連して、近いうちに私の提言を投稿したいと思います。