10月24日の日本ソムリエ協会主催のセミナーのテーマはバビッチ・ワインズ。1916年にクロアチアから10代の若者たちが親元を離れてニュージーランドに移民し、100周年を迎えた家族経営のワイナリーです。3代目となるデイヴィッド・バビッチ氏と日本ソムリエ協会石田副会長によるテイスティング・セミナーがありました。
正直なところ、マールボロのソーヴィニヨン・ブランでワイン新興国となったイメージの強いニュージーランドに、このような歴史のある家族経営のワイナリーがあるとは思っていませんでした。ニュージーランドのワインの歴史を語ることができるワイナリーです。
けっして長くはないニュージラードのワインの歴史ですが、興味深いものがあります。
イングランドなど英国系の移住者の嗜好に合わせて、ポートやシェリーのようなタイプの酒精強化ワインから始まったニュージーランドのワイン生産は、オーストラリアと共通するものがありますが、日本でも甘口のワイン(甘味果実酒)が全盛だった時代もあり、新興国に共通するものがあるのかもしれません。
その後、ワイン品種の試行錯誤の時代に入ります。1970年代のミュラートゥルガウが造られていた時代。1980年代の日本でもマドンナ・リープフラウミルヒが飲まれていた時代を思い出します。ピノ・タージュがニュージーランドでも盛んに造られていたことは知りませんでした。この2品種が中心だった時代が1970年代から1980年代に続き、その後、フランス系のシャルドネ、ソーヴィニヨン・ブラン、カベルネ、メルロ、ピノ・ノワールなどが増え始め、シラー、ピノ・グリが加わったそうです。日本の現在の状況に似ているかもしれません。
ワイン生産の拠点も変化しています。1950年代から長い間ワイン生産の拠点は大消費地を抱えるオークランドであり、70年代から80年代にかけて増え続ける需要に応えるために、ギズボーンやホークス・ベイからのぶどうの供給が増加したそうです。
現在のワイン生産の最大拠点、南島のマールボロに初めて植樹されたのが1973年。地価が比較的に安かったことによるそうです。
マールボロのぶどう栽培の発展は当初緩やかだったそうですが、1990年より一気に広がり、現在では約27,000haだそうです。1985年のマールボロ産のソーヴィニヨン・ブランが国際的に評価されたことが、マールボロにおけるソーヴィニヨン・ブランの拡大だけでなく、ニュージーランド全体のワイン産業の近代化と急速な拡大につながったようです。
マールボロ自体はすでに栽培が限界が近づいているそうで、ぶどう供給量の限界による価格高騰が問題となっています。
ニュージーランドでも、単一畑産やサブリージョンを表記する瓶詰が増加しているのは、テロワールを重視する世界的なワインの潮流を表現しています。
同様にSO2以外の添加は一切認められていない、オーガニックなワインや持続可能な考えによるワインの増加も同様な世界の流れです。農薬を使わないで、畑が全滅しまうのもサステイナブルとは言えないということです。
気候変動による温暖化、乾燥化、水源確保の問題もあるようです。冬期の乾燥が増えているとのことです。
品種ではピノ・ノワール、シャルドネ、ピノ・グリの生産が増加しているとのこと。特にピノ・グリについては国内で人気だそうで、確立されたスタイルがなく、多様なスタイルが可能なニュートラルな特性が受けているそうです。ただ、輸出量ではソーヴィニヨン・ブランが85%と圧倒的なシェアを持っています。
まずはニュージーランドワインといえば、おなじみのソーヴィニヨン・ブラン。
ヘッドウォーターズ・ソーヴィニヨン・ブラン2015
マールボロ、ワイラウ・ヴァレー内のオーガニック認証の単一区画「ヘッドウォーターズ」。第一印象はマールボロらしくないこと。誰でもマールボロとわかるフレッシュハーブ的なグリーンノートがありません。果実味も少なく、切れのある酸味とミネラル感、柑橘系の香りのドライでフレッシュなワインです。典型的な嫌気的醸造法で、スキンコンタクトをしてステンレスタンクで3週間15℃の発酵、滓とともにシュール・リー。醸造法なのかテロワールなのか、果実の熟成度が違うのか。他のマールボロのSBとは全く違う果実香のエレガンスを感じます。
次がシャルドネ。
アイアンゲート・シャルドネ2013
ホークス・ベイのギムレット・グラヴェルズの単一区画「アイアンゲート」。砂利土壌。樹齢28年のメンドーサ・クローンです。5~6t/haとかなりの収量制限をしています。全房、フレンチオーク樽で発酵、温度管理室内で小樽の発酵でも温度管理できています。野生酵母使用、バトナ―ジュ週1回。MLFなし。10~11か月樽熟成、新樽比率は20%。瓶熟成6~8か月の瓶熟成ののち出荷という丁寧な造り方をしています。シュール・リーにより酸化を防ぐなど、総合的に見て抗酸化的な造り方であり、野生酵母を使用した樽発酵・樽熟成にもかかわらず、ピュアできれいな味わいであることに、高度な醸造技術を感じます。木樽のニュアンスもほのかに感じられ、程よい酸味とともに、エレガントな味わいのワインです。木樽を使いながらも、MLFをしないことにより、酸味豊かなフレッシュなワインとなっています。このワインは、コルクからスクリューキャップへの切り替えが予定されていることも、納得できます。
ファミリー・リザーブ・シラー2014。
手ごろな価格帯ですが、こちらも質の高いワインです。上質な北ローヌのワインを思わせるエレガントさ。ホークス・ベイの単一区画である「アイアンゲート」と2013年に取得した「セイント・ジョン・ヴィンアード」のブレンドです。
タイトな味わいの区画と果実味のある区画をブレンドすることにより、バランスの良いワインに仕上がっています。開放式発酵槽、パンチングダウンを4回/日、15~16日発酵後浸漬、その後MLF、7~8か月フレンチオークで樽熟成、タンクで3~4か月。好気的な醸造法ですので、早い時期からおいしくいただけます。樽のニュアンスはほとんど感じられず、ローヌのような動物的なニュアンスもなく、果実香中心の優しくエレガントなワインです。
ヘッドウォーターズ・ピノ・ノワール2014
こちらもオーガニック認証の単一区画。収量は5t /haと収量制限。しかもオーガニック、無農薬です。開放式発酵槽でパンチングダウンを行い、風味や色素を抽出するため、4~5日低温浸漬して、その後2週間発酵、7~10日シュール・リーしています。フレンチオーク25%の新樽で熟成。香りが素晴らしいです。紅茶やスパイス、アロマティックなハーブなどブルゴーニュのヴォーヌ・ロマネなど上質なワインを思わせる複雑な香りです。一方、味わいは甘さを感じ、果実味のある、厚みのあるフレンドリーな味わいで、普通のマールボロのワインなどのニュージーランドらしいニュアンスがあります。香りの複雑性と味わいのギャップが面白いワインです。
ザ・パトリアルク2013
バビッチ・ワインズのフラグシップ、ボルドータイプのブレンドです。2013年は今世紀最良のヴィンテージだそうです。CS49%,Malbec27%、Me24%、年によってブレンド比率は異なるそうです。開放式発酵槽、新樽45%、17か月熟成。10か月の段階で試飲して、ブレンド比率を決めて、タンクへ移してから、再び樽熟成。それから瓶熟成12か月。長期熟成型のワインとして造られていますが、2013を今飲んでもおいしくいただけます。土や甘いスパイスの香り、優しくきれいなタンニンが心地よく、深い味わいのワインです。
バビッチ・ワインズのワイン全体を通しての感想です。小規模区画の特性を最大限に引き出す醸造方法がとられています。歴史のある家族経営のワイナリーですが、近代的な醸造方法により、クリアでエレガントなワインに造り込んでいます。特に白ワインにおける嫌気的な醸造方法と赤ワインにおける好気的な醸造方法を巧みに使いわけ、それぞれの品種特性とテロワールが調和したクリアでエレガントなワインが造られています。日本ではまだ見かけることが少ないようですが、これだけの価格に対する質の高さは、これから注目されることでしょう。