10月5日に地域ブランディング協会主催による「石見神楽」に関するセミナーが千代田区の3×3Labo Futureでありました。石見神楽は島根県西部に伝わる神楽で江戸時代に神職により舞われてきたものが、明治に入って神職演舞禁止令により、農民が中心となって広がり、独自の進化を遂げて、広く地域住民の参加する民俗芸能として広がったものだそうです。この石見神楽を観光や地域活性に一層活用していくためのブランディングプロジェクトが地域ブランディング協会によりスタートし、8月に各分野のエキスパートによる現地視察が行われました。その視察の報告をもとに今回意見交換が行われました。私は、正直なところ石見神楽はほとんど認知していませんでした。たぶん東京の人はほとんど知らないでしょう。中国地方や九州地方では神楽が現在も盛んに演じられているようですが、関東から東北方面では、地域住民の多数が参加して演じる神楽はあまり見受けられません。
私が客員教授をしている総務省自治大学校で第1部課程の政策立案研究として研修生により地域の伝統文化をテーマに研究が行われ、秋田県の民俗芸能など伝統行事に関する実地調査などを踏まえて、提言がまとめられました。これによると、ユネスコの無形文化遺産に登録されている秋田県鹿角市の大日堂舞楽のように神事としての保存・継承が中心であり、観光振興として取り組みが行われているものは少ないようでした。周辺地域での認知度も低く、担い手の高齢化による保存・継承への懸念、行事の閉鎖性に起因する発展性の不足や認知度の不足が課題として明らかになりました。
一方では、男鹿のなまはげのように国指定の重要無形文化財でありながら、男鹿真山伝承館でのエンターテイメント性のあるなまはげ体験や隣接するなまはげ館での展示紹介が通年で実施され、トリップアドバイザーでの人気観光スポットして男鹿真山伝承館が秋田県第1位を獲得するなど、観光コンテンツとして重要な地位を獲得しているものもあります。
しかし、全般的には後継者難で今後の存続が懸念されるものがほとんどで、石見神楽ののように多数の住民が参加し、域内各地で毎週土曜日に通年的に披露されているようなものは、まったく見られません。石見神楽のように、地域の多数の住民の参加により民俗芸能としての継続性・持続性が確保され、地域の誇りや住民の心の拠りとなるとともに、観光資源としても一定の役割を果たしているというのであれば、地域の伝統文化の保存継承による地域の活性化という当面の目標が実現したに等しいと思われます。
この目標を実現するための政策について研究した報告書が、今回の自治大学校における研修生の政策立案研究でしたが、この報告書を掲載しましたので、ご参照ください。
この報告書では、ワークショップによる伝統行事の存続・継承、観光資源化への仕分け。外部の力による伝統行事の存続化。伝統行事の魅力を高めていくための人材やファンの育成・確保。動画配信、VR,、AR、拠点施設による伝統行事の観光コンテンツ化。等の政策が提言されています。
この政策研究を参考にして、石見神楽のブランディングを考えると、すでに持続可能な伝統行事、民俗芸能として地位が確立している石見神楽において、東京方面からの誘客により、観光資源としての活用をさらに拡大するための最大の問題は、関東方面で知名度がないということです。
自治大学校の政策研究で目標にしていた、伝統行事の観光コンテンツ化としての完成度もすでにかなり高くなっています。石見地方を訪れた毎週土曜日には、地域内の数か所で、有料又は無料で石見神楽を実体験することができます。また神楽大会も年間20回以上開催されていて、年に1回しか開催されない多くの伝統行事に比較すると、観光資源としての露出度がかなり高いです。また、神楽の内容もダイナミックで衣装もカラフル、ヴィジュアル面、音楽面など現代感覚的にも優れていて、このセミナーでの映像をちょっと見ただけでも、現地で実際に体験したくなりました。様々な映像やコンサートなどのイベントに慣れた現代人の感覚としても魅力度は高いものと思われます。
このように、通年型観光コンテンツとして完成度の高い民族芸能や伝統行事はかなりまれであり、年1回だけのイベントにどう集客するか、通年的な観光コンテンツとしてどう作り込むかが、ほとんどの地域の伝統行事の課題であるのに対して、石見神楽では観光資源としての条件がすでに十分に整っています。問題は知名度のなさであり、実際に見てみないとその価値はわからないというところにあると思われます。関東エリアではこの映像を見たことのある人はおそらく少ないでしょう。西日本に比べて神楽文化に触れる機会の少ない関東圏では神楽自体知らない人が多いと思われます。まずは関東圏の人々に様々な機会を通して石見神楽をはじめとする神楽を体験する機会を高める必要があるでしょう。
そのためには東京を始め今後のマーケティン対象地域で映像コンテンツ及び実演として露出機会を高めることが必要です。VRやARなどにより再現性の高いデジタルコンテンツの利用も有効でしょう。
すでに実施されている、各種都内のイベントでの上演やYOUTUBEなどによる情報発信が有効かと思われます。特にプロの映像作家が作った動画コンテンツは、海外にもネットを通じて拡散し、インバウンド観光に大きな影響力を持っています。外国人の口コミをきっかけに、日本人も行くようになった観光地も多く見受けられます。グーグル・トレンドなどを活用したデジタルマーケティングの手法も検討することも必要でしょう。
第2は回遊型の観光スポットしての拠点施設の必要性です。島根県石見地域まで石見神楽だけのために旅行に行く人は少ないでしょう。往復数万円の旅費をかける以上はいくつかの観光地を回ったり、ご当地の名物料理を食べたりというような周遊型の観光ができることが重要です。土曜日の夜に石見神楽を必ず見ることができることは観光資源としては魅力的ですが、複数の観光地を巡りたいという周遊型観光の計画を組むうえで、制限要因となるのは事実です。土曜日の夜を含まない日程では体験することができなくなってしまいます。
秋田県男鹿のなまはげの恒常的な実演施設としての男鹿真山伝承館の存在は、秋田県の周遊型観光における定番コンテンツとして地位を獲得しています。石見神楽についても、実演や展示、学習のための恒常的な施設の存在は、石見神楽のブランディングにおいて大きな意味を持つものと思われます。
第3は各地で演じられる神楽の横の連携による神楽自体の知名度のアップです。島根、広島、宮崎など西日本各地で神楽は民衆により演じられていますが、東京をはじめとする東日本では、西日本のように神楽が日常的、継続的に一般民衆により演じられている例は少なく、神社の中や年1回の祭礼の行事として、小規模に演じられているものがわずかに残っている程度と思われます。
東京を中心とした関東の人間に神楽自体の認知度を高めることが重要かと思われます。そのためには、西日本各地で演じられている神楽が連携して、様々な神楽を体験できるイベントやワークショップの開催、共同のホームページの設置、神楽マップや神楽ガイドの作成など、横の連携による神楽のネットワーク化が必要でしょう。