清澄庭園のある清澄白河駅周辺は、現代美術館やカフェやあたらしい感覚の書店が立地し、若者たちが訪れるデートスポットにもなっている。古い江戸の文化と新しい文化がきれいに融合している、創造性の高い高感度なエリアである。
まず、都営新宿線森下駅で下車して訪れたのが「割烹みや古」の深川めし。周辺は静かだが、店の中は客でいっぱいである。恒例の客が多いが若い人もいる。靴を脱いで座敷を上がると広いホールがある。
名物の深川めしは1500円。あさりの炊き込みご飯に油揚げ、長ネギなどが入っている。蒸してあるので、柔らかめのごはん。
小付や新香もうまい。鉄筋の建物で、上の階は宴会場だが、1階の席は江戸情緒ある趣きで、ゆったりと食事ができる。壁に掲げられたメニューは、あさりの土手焼き、鴨くわ焼、青やぎぬた、雲丹と帆立の味噌貝焼など、ちょっと高価だが、夜にゆっくり味わってみたものばかりの魅力的なメニュー。魚も多い。
ここから清澄通りに戻り、南に向かう。アーケードのある高橋商店街は歩行者天国になっている。
田河水泡が青年時代に住んでいたところから「高橋のらくろ~ド」と名付けられ、のらくろのペナントが下がっている。
毎年、少しずつ新調されるのか、数面前のものが残っている。シャッターが下りている店もあり、同じ江東区の砂町銀座に比べると活気があるとは言えないものの、そこそこの人通りで、手芸店など昔からの店もある。食品関係が少ないのが、活気のない原因なのだろう。清澄白河の駅に近いりんご屋はりんごを売る店ではなく書店。なぜか電気部品で有名な秋葉原ラジオ会館が経営している。趣味の本がマニアックに置かれている。話題の本のコーナーには時代の先端をいく本が並べられているが、選書のレベルの高さには驚かされる。このような書店が家の近くにあると知的な生活レベルが格段に上がることだろう。
清澄庭園から東方向に深川江戸資料館の前を通って東京都現代美術館に至る通りは、欅並木が続き深川資料館通りと言われていて、商店街が続いている。この通り、深川めしの店などの飲食店や石屋、豆腐店などむかしながらの店があり、人通りも多い。近隣住民といよりも来街者であろう。
深川江戸資料館は昭和61年にオープンした江東区立の資料館。平成22年にリニューアルオープンしている。江東区の外郭団体である、公益財団法人 江東区文化コミュニティ財団が指定管理している。名称は地味だが良くある郷土資料館とは全く異なる施設である。地下1階から地上2階まで江戸時代の深川の街の店舗や民家をほぼ実物大を再現している。
再現性のレベルが極めて高いため、実際の街を訪れた感覚を味わえる。
屋根には猫のロボットが動いていて、たまに鳴き声を上げている。ボランティアガイドが案内している。
1階入り口付近は横綱大鵬顕彰コーナーがあり、ゆかりの品の展示がある。
清澄庭園は多くの人が訪れていた。都内の日本庭園はかなり多いが、小石川後楽園や浜離宮恩賜庭園、六義園のように 特別史跡や特別名勝に指定されているものある。この庭園、これらの名園に比べて歴史はそんなに古くはないが、回遊式庭園としては貴重なものである。高層ビルの谷間になってしまった浜離宮恩賜庭園よりは環境も良い。
隅田川にかかった清洲橋を渡ると、すぐに中央区の日本橋のエリアである。30年ぶりくらいだろうか。このあたりはかなり変わってしまっている。シンボルの明治座は立派な高層ビルになっている。隣には水天宮の仮宮があるが、旧社殿の風格はない。場所は水天宮駅から遠いので注意を要する。
かつての低層の商店が連なって、アーケードがかかっていたイメージがある人形町界隈。記憶にあるのは江東区に住んでいた昭和57年ころのものだろう。昭和61年にアーケードは撤去され、その後、中高層ビルの建設が進んだため、道路に面した景観が不揃いになっている。そのためか、かつての江戸情緒のある風情が失われて、普通の商店街になってしまっているのが残念である。特に地下鉄駅周辺は全国チェーンのファストフード店が集まっていて、面白くない。わずかに甘酒横丁周辺に惣菜店など面白い店があり。かつての面影が残っていた。昔ながらの街が残っていれば、今や外国人がたくさん訪れていたことだろう。
日本橋の中央通り付近は再開発が進んで、高層ビルが林立しているものの、三井不動産などの努力により、景観保護が図られているため、日本的な文化が感じられる街並みになっている。江戸の風情を求める人は、人形町から墨田川の東側の深川方面に移ってしまったようである。景観保護の重要性を感じる一日であった。