2013年9月に訪れたシンガポールのレストラン・アンドレRestaurant Andre。このレストランを訪れることが、シンガポール旅行の最大の目的あり、今年2013年の最大の食の体験でした。事前に、函館で開催された世界料理学会に出席し、シェフのアンドレ・チャンの「自己の再発見とオクタフィロゾフィ」というタイトルの発表を受講し、料理哲学に関する理解を深めてから、レストランに伺いました。
MRTのウートラム(Outram)駅を出て表通りから少し入ったところにこの店はあります。かなりわかりにくいところで、事前に良く調べていかないとたどり着けないところです。
ここはシンガポールの広いチャイナタウンの西のはずれ、このエリアに良く見られる間口の狭い3階建ての建物で、全フロアがレストランという一軒家のレストランです。階段を上がって2階がダイニングルーム。二人掛けのテーブルの脇に羊のぬいぐるみのような荷物置きがあります。
2010年10月のオープンこのレストランは、サンペレグリノ・世界のベストレストラン50の100位にランキングされ、さらに、ニューヨークタイムズの「そこに行くだけのために飛行機に乗る価値のある世界の10のレストラン」に選ばれました。今回はまさにそれを実践したというわけです。
2013年版アジアのべストレストラン50では5位、世界のベストレストラン50では38位など、評価の高いフランス料理の名店であり、シンガポール版ミシュラン・ガイドが出版された際には3つ星獲得に最も近い店として世界のガストロノミーから注目を集めています。
台湾出身のオーナーシェフ、アンドレ・チャン(André Chiang)氏ははもともと芸術家志望だったのですが、父の承諾を得ることができず、13歳で渡日し、甲府市で家業の中華料理店を営む母のもとで手伝いを始めたそうです。しかし、独自の解釈を取り入れる余地のない中華料理の世界は自分に向いていないのではないかと感じ、テレビで見た料理の鉄人の坂井宏行シェフの影響によりフランス料理を志向し、フランスに渡りました。
フランス料理界を代表する、ピエール・ガニェール、ジョエル・ロブション、南フランス・モンペリエの三ツ星レストラン「ル・ジャルダン・デ・サンス」のジャック&ローラン・プルセル兄弟、パリにある3つ星レストラン「アストランス」のシェフ、パスカル・バルボらに師事し、料理の真髄を学ぼました。特に、南フランスでの経験が彼のその後の人生に大きな影響を与えたそうです。
アンドレのメニューは白い厚い紙のカードがあるだけで、8つの単語が羅列され、それぞれに解説が書いてありますが、具体的な料理の内容の記述は全くありません。それはOctaphilosophyといわれる8つの単語に象徴される料理の哲学を表現したもので、この哲学がそれぞれの料理の皿に体現されているのではないかと思われます。その日の食材を見て、アンドレが料理の内容を考えて出しているとのことです。
古びた聖書のような厚い本はなんとワインリストでした。ただ、全ページにワインが記載されているのではないそうで、最初の方だけとのことでした。
ワインは日本人のシェフ・ソムリエ、長谷川さんのお薦めにより料理に合わせたペアリングをお願いしました。自然派ワインの達人を探していた、アンドレの指名によりシェフ・ソムリエに就任したそうです。
アミューズは3皿、どれも繊細な料理で、アミューズとは思えない、手の込んだ独創的な料理です。
1つ目は揚げたカリカリチーズとクリーミーなチーズをクリスピーに包み揚げしたサクサクでクリーミーな品。
2つ目のアミューズ、スプーンにのったペーストを絡ませたものは遊びを感じさせる楽しい品。紙で包んで洗濯ばさみで挟んだ料理は刻んだ野菜や魚介を細かく刻んで和えたもの。
3つ目は升のような木枠の中に土のような食材を敷き詰め、植物のようなイメージのムースとフリットを乗せたものです。土が敷かれた庭をイメージしたものですが、土はチョコのようです。
あわせたワインは酸のきりりとしたシャンパーニュ、MICHEL TURGY。メニル・シュール・オジェのブラン・ド・ブランで、日本のではほとんど見かけないものです。
PURE
前菜の最初の皿は、調味料を使わず、火も入れていない皿。ブルターニュ産ムール貝や山椒ののった甘エビ、キュウリなどにズッキーニのガスパッチョとカリフラワーの白いムース。白い角皿に絵画のよう色彩豊かな料理が展開しています。小さなエディブル・フラワーのつぼみや桜の花びらに見えるのはマリネした野菜というよりは日本の漬け物のようです。
SALT
2皿目は海をイメージしたもの。見ただけで感動の品。塩は使っていないそうです。ピンセットで丁寧にエノキや海ブドウなどが淡いグリーンのムースに埋め込まれています。海をイメージする若布の入った泡がまわりを囲んでいます。
先行してグラスでサービスされたワインの種明かしは、あとから長谷川さんがしてくれます。ここまでのワインは爽やかな酸味と塩気のミネラル感が海のイメージと重なるシャブリ・プルミエクリュでした。
ARTISAN
ARTISANは職人という意味でしょうか。 3皿目のブレゼした茄子のムースはきめ細かく、香りは茄子だが繊維を感じないスムースな味わい。フリーズ・ドライしたあと、粉砕させて繊維をカットしクリーム化するという、分子料理の職人的テクニックを駆使したものなのでしょうか。キャビアや野ベビーリーフなどとあわせて、体験したことのないような創造性が感じられます。左側の鴨の舌のフライは独特のしっかりした食感があります。
ワインはアンジュのシュナン・ブラン。しっかりとした味わいです。
ここまでが、前菜といったところです。
魚料理は3皿。
SOUTH
アンドレのかつて働いていた南フランスをイメージした料理。白身魚(何?)とサーモンのマリネ。ラディッシュとひじき。もう一皿のリゾットにのったスズキのポワレに黒いものは海苔でしょうか。海をイメージした泡。
Texture
海老とホタテの料理は、帆立がクリーム状に加工されていた。香り豊かなロブスターがしこしこした繊維の食感に対して、帆立は対照的にソフトできめ細かい味わいの料理でまさにテクスチャーの対比が絶妙な一皿です。
UNIQUE
キスのロールした料理ですが、淡白なキスとは異なるボリューム感が感じられました。どうやらほのかに鶏挽肉が加えられていたようで、異色の組み合わせが経験したことのない独自の旨味と味わいを出していました。
魚料理に合わせたワインはかなり色が濃く、白ワインとは思えないワインです。かなり凝縮感のある熟成した味わいはまさにSO2無添加の自然派ワインで、ヴィンテージは何とまだフレッシュな2010年。アクメニネ、サンセール・ブラン。
MEMORY
フォワグラのムース、黒トリュフソース。フォアグラに黒トリュフはフランス料理の古典的な組み合わせとなりつつありますが、これはアンドレの創業時からの定番メニューでフランス時代の思い出の一品。かなり濃厚で凝縮感がありますが、きめ細かくスムースなフォワグラに香り高い黒トリュフは、やはり最高の組み合わせです。
TERROIR
肉料理は兎肉のロール。柔らかくジューシーで繊細な味わいの兎肉です。
合わせたワインALMA MATERはBROUILLY 2011。Jean-Claude LAPALU ジャンクロード・ラパリュという自然派の造り手がアンフォラでつくったワインだそうです。シラーかピノ・ノワールのようでしたが、ブルイィだからガメです。ローヌの高級な赤ワインのようで、クリュ・ボジョレとはとても思えない繊細でエレガントな味わいです。
デザートは3皿。
アヴァン・デセールは、たぶん液体窒素によりフリーズ・ドライしたフルーツのチップ。酸味と甘みの辛味あった味わいに、サクサクした食感が面白い。
メイン・デセールはスニッカーズのアンドレ・バージョン。サクサクした食感のチョコ・フレークとナッツにマシュマロ、アイスクリームを添えたエレガントな品。
色とりどりの小菓子。どれも手の込んだものでしたが、ここまでくると、かなりのボリュームです。
あわせたアルザス・グランクリュのリースリングはすっきりした甘口ワイン。
Domaine de l’Oriel Alsace Grand Cru Sommerberg Riesling 2008
甘口のヴァン・ナチュレはドメーヌ・デ・シェーヌ・リヴザルト・アンブレ2004 Domaine des Chênes Rivesaltes, 2004, ambréというルシオンの酒精強化ワイン。グルナッシュブランだから白ワインだが、琥珀色というよりはキャラメル色に近い外観の古酒で、フルーティーだが濃厚でコクとスパイシーさ複雑性のあるデザートワインでチョコレートに良く合います。
食後には3階にあるアンドレのアトリエを見学させていただきました。
キッチンにはスタッフが7人、サービススタッフが3人でしょうか。30席のレストランで少なくとも10人以上のかなり濃密な体制です。
店に入ってから、3時間半以上が経過。いまだかつて経験したことのないような感動と発見の連続で、最高の食の体験をさせていただきました。6時間飛行機に乗って訪れる価値のあるレストランです。