高城剛氏の著書「人口18万の街がなぜ美食世界一になれたのか」(祥伝社新書)で最近注目されているスペインのバスク地方の都市、サン・セバスチャンは美食の街として有名ですが、特に、小皿料理「ピンチョスpintxos」を出すバルが知られています。海に突き出た小高い山、モンテ・ウルグルの麓の旧市街には食堂街があり、100軒ほどのバルが集まっているといわれています。
モンテ・ウルグルという山の麓、コンチャ湾に面したパルケ・アルデルディ・エデルという公園が旧市街の西側に広がっています。
夕方には市民や観光客で賑わっています。ヨット・ハーバーもあり、リゾートらしい光景が広がります。
旧市街は細い通りに、早くも観光客で混雑が始まっています。
サンタマリア教会の前の通りも、バルが並びます。
ゴイ・サルギGoiz Argi
今回、まず行ったバルは、旧市街の人気店ゴイ・サルギGoiz Argi、 月曜の夜と火曜日が休みということで半分あきらめていたのですが、店の前を通ると、なぜか(サン・セバスチャン映画祭のためか)オープンしていたので予定を急きょ変更して入店しました。
名物はブロッチェッタ・デ・ガンバスBrocheta de Gambasという海老の串焼き。作り置きではなく、注文してから作ってくれる料理です。ほとんどの客が注文しています。焼き立ての香ばしい海老の香りとプリプリした食感に酸味などの複雑なタレの味わいが絶妙です。
チャングロChangurroは蟹のミンチ肉や蟹味噌を玉ねぎ、オリーブ油などで和えた料理。パンにつけて食べるとこれも絶品。
冷たい料理では海老のテリーヌとトマトとハムをいただきました。クリーミーで上品な味わいのテリーヌです。
全般に甲殻類の調理のレベルが高い印象でした。もちろんイワシの酢漬けなどの伝統料理の番メニューもあります。一品、2ユーロ程度と驚くべき安さです。
大変な混雑で、店の外にもテーブルがあって、食べている人がいました。
バー・ベルガラBar Bergara
ゴイ・サルギはたまたま開いていましたが、この日は月曜日のため旧市街の有力店は定休日の店が多く、2軒目は旧市街からウルメワ川に架かるスリオラ橋を渡って対岸に渡り、第60回サン・セバスチャン映画祭の開催されているクルサール・センターの前を通って、クロス地区の老舗、バー・ベルガラBar Bergaraに向かいました。
高城さんの本によると、マルティン・ベラサテギのおすすめの店だそうで、パチ・ベルガラ家族が経営しているのだそうです。高城さんの推薦するピンチョス、トルティージャデ・アンチョアTortilla de Anchoa(カタクチイワシ入りのトルティージャ、ニンニク味)はいわゆるスペイン風オムレツ。シラスのような小さいカタクチイワシが練り込まれていて、ボリュームがあるピンチョスです。
チャルパTxalupa(キノコ、エビ、ベシャメルソース)はキノコと海老をグラタンにパリパリの細切りチーズをまぶしてクリームコロッケのように揚げたもの。
Txopiro(濃いかと玉ねぎのソテー)は厚手のジューシーなイカに飴色になるまでしっかりとソテーした甘い玉ねぎをトッピングしたもの。伝統的なピンチョスが多い店で、老舗だけあって、たぶん地元と思われる常連の年配客で大変混んでいます。皆さん人生を楽しんでいる人々です。
ボデガ・ドノスティアラBODEGA DONOSTIARRA
この日の3軒目のバルは、少し戻って、ウルメワ川近くのエンサンチェ地区にある、ボデガ・ドノスティアラBODEGA DONOSTIARRAという店です。ここも三つ星シェフのホアン・マリ・アルサックやマルティン・ベラサテギのおすすめだそうです。店の外に人があふれるほどの混雑ぶり。
ギルダGildaはサン・セバスチャン生まれの青唐辛子の酢漬けとアンチョビ、オリーブの串。酸味がきいた伝統の味です。
インドゥラインIndurainは唐辛子の酢漬けとツナのピンチョス。
ピンチョ・プルポPintxo Pulpoはスペイン料理の定番であるたこのマリネ。大きめにカットされ、オリーブ油とヴィネガーに漬けられたタコは本場だけあって、ジューシーで美味しい。
店の名前にあるように伝統的なサン・セバスチャン(ドノスティア)を味わえる店でした。
2日目は旧市街のバル巡りに出発。
たまたま、サン・セバスチャンを旅行中のワイン仲間のO氏と同行しました。
ア・フエゴ・ネグロ A Fuego Negro
1軒目はア・フエゴ・ネグロ A Fuego Negro、モダンな内装のピンチョス・コンクールで大賞をとったモダンピンチョスの店です。
微発泡のご当地ワインのチャコリは高い位置からグラスに注ぎます。
ミニ・パエリャはアサリやミントが入っていて、濃厚な魚出汁が旨い。
アロス・トマテ・イ・ウエヴォArroz Tomate,y Huevo、はトマトのパスタで巻いたリゾットに玉子のエスプーマが付いています。別名はアロス・クバーナArroz Cubana、キューバン・ライスという意味で、泡だてた卵白に半熟玉子が入っていて、玉子付きのトマトかけご飯のキューバンライスのミニチュア・イメージのようです。
マック・コーベ・ウィズ・チップスMackobe with Txips(神戸牛のミニ・ハンバーグ、バナナチップ添え)、凝縮された味わいの神戸牛のハンバーガー。ミニチュア・サイズだが、お値段は3.8ユーロと本物のマクドナルド並み。ただ、味わいは和牛そのもので、脂の甘い香りと肉の旨味が違います。
この店の料理は創作性がかなり高いが、基本的な調理レベルが高いので、ハイレベルのワインとも合わせたいところです。店の雰囲気もかなりクリエイティブです。
バル・セエルコBar zeruko
2軒目の店はバル・セエルコBar zeruko。高城氏の本によると、手の込んだモダンなビンチョスの店で、マルティン・ベラサテギおすすめの注目店ということです。
白を基調にしたモダンで明るい室内です。確かに、カウンターに数多く並べられたピンチョスはどれもかわいらしくチャーミングで、色彩も鮮やか。高級洋菓子店のガラス・ケースの中のケーキやフランス料理の手の込んだオードブルのようです。
まずは、当店の名物料理のエリソス・デ・マールErizos de Mar(ウニのオーブン焼き)をいただきました。ウニの殻の中に、ウニの身とマヨネーズなどを和えて、オーブンで焼いたグラタンのような料理です。ウニの香ばしく濃厚な海の香りとねっとりとクリーミーな食感が何ともいえない味わいです。
炙ったタラのミニ・テリーヌ 地元農家産の発泡性サラダ添えMini tarrina de bacalao al sarmiento con ensalada efervescente de caserioというピンチョス。タラの薄い切り身を炙ってタルタルソースのかかったミニ・テリーヌにのせて食べるとのこと。細いガラスの筒に入った液体はレタスの野菜ジュースのようなものです。
プディングのティンバル、ピスタチオとグラシード(フロスティング)のコストラをのせたフォワグラ Timbal de morcilla con foiegras con costra de pistacho y glaseado。コストラはかさぶたの意味。フォワグラの上にケーキのデコレーションのようなピスタチオとフロスティングのトッピングをした、濃厚でボリューム感のある味わいの一品です。上質なバターやチーズをふんだんに使った洋菓子のような味わいです。
丸く半透明なピンチョスは、店のホームページにあるキノコと卵黄、ハムのラマトワーズRamatoise de hongos con su yema y capa de jamónに似ていると思ったのですが、蟹と卵黄のテリーヌ(ゼリー寄せ)のようでした。トマトソースとイタリアンパセリのソースが添えられていて、ほとんどフランス料理の前菜のレベルのエレガントな料理です。
ラングスティンのバラはRosa de Bogavante (rose of langoustine) バラの香りのカクテルの上にラングスティンのフリットがバラの花のように並べられたヴィジュアルレベルの高い料理です。
椅子テーブルが多く備えられており、ゆっくりとワインを味わいながら、五感に訴える創作料理を楽しめる店であり、限りなくレストランに近いバルです。
ピンチョスは3.5ユーロと少し高めではあるのですが、一つ星程度の創作系のフレンチよりもレベルが高く、価格以上の料理が楽しめるため、満足度は高いといえるでしょう。
今回は、2日間で5軒のバルを廻りましたが、料理のレベルやコンセプトにおいて、サン・セバスチャンのバルは日本の居酒屋や創作料理系のダイニング・バー系のバールとは全く異なります。
また、最近地方で流行している、期間限定のバル系のイベント「街バル」と異なり、日常的に多くの地元住民や観光客で賑わっています。価格設定は驚くほど安いにもかかわらず、料理のレベルはミシュラン星付きレストランに匹敵するものがあり、吟味された食材や、下ごしらえに時間をかけるなど、調理レベルが高いだけでなく、料理の色合いや外観などビジュアル面などでもクリエイティブな料理を提供する店が多く、その質の高さにおいては高級レストランと変わらないものがあります。
また、1個1個の料理の量が少ないため、気軽に異なるタイプの店をはしごできるなど、限られた時間にバラエティに富んだ料理を味わったり、地元産のワインのチャコリやシードルをはじめとする、スペイン各地のワインを飲んだりすることができるなど、食のテーマパーク的な性格を持っているところに、世界各地から観光客を集めている秘密があるのではないかと思いました。