斑鳩の法起寺から西ノ京方面へは、バスが通っていますが、1時間に1本程度でかなり待ちます。20分近く歩く国道のバス停は本数が多いということで、歩いて行こうとしたら、ちょうど来たタクシーが客をおろしたので、これに乗って西ノ京に向かうことにしました。
西ノ京へは国道や県道を通らず、川沿いの道路などの抜け道を通って30分弱、かなり細い道をバスも走っています。
薬師寺は近鉄の西ノ京駅からすぐ近い、近鉄の線路沿いにあります。しかも大規模な駐車場もあります。「国宝・東塔」は、解体修理中のため拝観できませんでした。
かつて薬師寺は東塔が最大の魅力でした。たぶん現在もそうでしょう。白鳳文化を象徴する裳階のある六重に見える独特なフォルムは、日本の仏教建築の中でも独創性が高く、典雅で軽やかな動的美しさがあります。田んぼの向こうに見える東塔は奈良を代表する風景でした。
東塔が解体修理中ということもあって、薬師寺は当時とは全く異なる風景になっています。前回来たときは金堂が再建され、今回はこれに西塔、大講堂も加わり、現在、食堂(しきどう)を再建中でした。全く違うお寺に来たかのようです。
こちらのお寺は僧侶の修学旅行生向けの法話が面白いことで有名で、会場からは笑いが聞こえていました。伝統的に巧みな話術であるのは、日々の修行の賜物でしょうか。
あの優雅な東塔を見ることができないとなると、こちらの最大の見どころは仏像です。東院堂の本尊である聖観音立像は穏やかな表情と流れるようなバランスの良い形状で、飛鳥時代後期から奈良時代にかけての制作です。
金堂の薬師三尊像は中央の薬師如来に日光菩薩と月光(がっこう)菩薩です。菩薩のウエストのくびれと首と腰のひねりがインド的なエロスさえ感じさせます。
さらに新しく創設されたのが北側の玄奘三蔵院伽藍です。
玄奘三蔵院には日本画家の平山郁夫画伯が30年をかけて制作した、縦2.2メートル、長さが49メートル(13枚の合計)からなる「大唐西域壁画」があります。玄奘三蔵院伽藍の公開は、お正月、春季、お盆、秋季に限られていて、この壁画は非公開の時期に東京の国立博物館平成館で2011年に開催された大唐西域壁画展で見て以来でした。
この寺は攻めの経営、アグレッシブな寺院経営をしています。単に古典を保存する文化としての寺ではなく、若者に仏教というものを認知させ、伽藍の再建や新たな構築などの文化的な創造活動により宗教組織としての努力をしている姿が感じられました。
薬師寺から唐招提寺へは細道を歩いて10分程度。途中の道路沿いには土産店が並んでいるわけではなく、こちらもあまりにも普通の道ですが、蕎麦屋が2軒あります。ちょっと遅いですが、昼食をとることにしました。
蕎麦切りよしむら。十割蕎麦だが流麗で軽やか。最高レベルではありませんが、観光地の蕎麦店としては良い方でしょう。
唐招提寺は薬師寺とは異なり、50年近く前と全く雰囲気は変わっていませんでした。門前にスマートフォンによるガイドの掲示があるところに唯一今を感じました。
伽藍のなかは樹木が茂り、静かで落ち着いた佇まいです。天平の甍が鑑真和上の時代から1300年の歳月をゆっくりと静かに刻んできた風情はある種感動的でもあり、その年月の中での50年弱の年月は、瞬間のようでもあります。
この国宝の金堂と講堂、そして伽藍が唐招提寺の最大の見どころでしょう。
金堂の中には中央に本尊・廬舎那仏坐像、右に薬師如来立像、左に千手観音立像の3体の大きな仏像が安置されています。薬師寺の薬師三尊とは異なり、バランスが配慮されていない、珍しい組み合わせです。いずれも、乾漆像で、千手観音は当初本当に1000本の手を有していたそうです。いずれも素朴で朴訥とした印象の仏像です。
御影堂には奈良時代の国宝鑑真和上像が安置されていますが、開山忌前後の6月5日 – 7日のみ公開されるそうで、お堂が閉ざされているため、東山魁夷画伯の障壁画も見ることはできません。
境内の北東の奥まった静かな場所に位置する鑑真和上の墓所開山御廟があり、鑑真和上が1250年の永きにわたり静かに眠っておられます。開山堂には年間数日しか開扉しない国宝の和上像に代わって、毎日参拝していただく目的で製作された御身代わり像(御影像)が安置されています。
鉄筋コンクリート造りの新宝蔵にも奈良時代の仏像が展示されています。
唐招提寺は静かで、木々は紅葉が進み、京都の寺のような風情で、奈良の寺では珍しくゆっくりと散策を楽しむことができます。
唐招提寺を出て近鉄の踏切を渡り、北に進むと垂仁天皇陵があります。巨大な前方後円墳です。古墳時代、西暦も不明でちょっと神話の時代に入っていますが、実在説が有力であるとのことです。
尼ヶ辻駅で近鉄に乗って斑鳩・西ノ京の旅は終了です。
今回訪れた、斑鳩と西ノ京はユネスコの世界文化遺産に登録され、多くの国宝があります。
建造物、仏像ともに奈良時代の傑出した国宝を静かに鑑賞でき、ボランティアガイドの丁寧な解説を聞くことができる法隆寺。再建が進み、白鳳時代の華麗な伽藍が整備されてきた薬師寺、天平時代から幽玄に時が進み、静かな佇まいが魅力の唐招提寺。斑鳩と西ノ京は奈良県の観光コンテンツの中でも、世界最高レベルの魅力にあふれる観光地と言うことができるでしょう。
一方、法隆寺や西ノ京は修学旅行生以外の観光客は少なく、奈良市内ではあれほど多かった外国人観光客もほとんど見かけられず、観光客数も減少傾向にあるようです。
その原因は公共交通機関が一つでしょう。法隆寺は世界最古の木造建築物に加えて、数多くの国宝を所蔵するきわめて世界遺産としての価値のある寺で、本来であれば、世界各地からの観光客であふれる価値があると思われます。しかし、残念なことに個人観光客の玄関口、JR法隆寺駅からは特に見どころのない道路を20分程度かけて歩かなければなりません。
また、JR法隆寺駅と近鉄西ノ京駅は、JRと近鉄の接続駅がないため、相互に連絡しておらず、法隆寺から薬師寺・唐招提寺を結ぶ路線バスはかなり本数が少なく、時間もかかるなど、公共交通機関によるアクセスが良くないため、斑鳩・西ノ京エリアを1日で個人観光客が周遊するためには、タクシーの利用が必須となります。奈良市内、西ノ京・斑鳩間のシャトルバスの運行が個人観光客に奈良の魅力を味わっていただくための重要な課題と思われます。
また、奈良公園の鹿や飛鳥エリアのサイクリングのような体験型のコンテンツや、食べ歩きなどの食の魅力も不足しており、国宝などの文化財も見せ方にも工夫が必要かと思われます。特に外国人観光客には多言語対応など重要な課題があります。これらの課題を克服するとともに、エリアとしての情報発信力をレベルアップすれば、この地域は日本有数の観光地として復活するでしょう。